生きるのが下手くそなエッセイ

人生に悩みまくりの僕カシコが、エッセイやコラムを気が向いたときに書いていきます

税込み570円で幸せは買えるのです

久しぶりに新幹線に乗る。
自粛期間が始まる前は、数ヶ月に一度は間違いなく乗っていたし、二週間空けて乗るとかもあった気がする。いつからか新幹線は、たまに会う友達ぐらいの親密度になっていた。

そんな友達と合わなくなってどれぐらい経っただろうか。最後に会ったのがいつかはもう覚えていない。ただその間に、お互いの環境が大きく変わったということだけは間違いなかった。例年満員御礼の車両には、今年は人影も少なくて、なんとか走っている、そんな状況のようにすら見えた。僕も僕で、新たな環境に身を投じて、いろいろ手探りをしながら、多くのことに挑戦していた。

そんなことをしていたら、いつからか、旅行や移動というものが僕の生活から抜け落ちたような気がする。外に出ても、長くて数十分。何時間も座って揺られるようなことはなかった。それはただ外に出ないようにしていたんじゃなくて、僕自身が望んで外に出なかったこともあった。

僕は肩こりに悩まされている。それは、僕が今年に入ってから、PCを使う作業が多くなったから。初めは仕事だけだった。でもそのうち、ここで文章を綴るようになった。そして趣味の映像制作と向き合うようになった。さらに最近は副業も始めた。気付いたら毎日やることに追われ、毎日PCに向かっていた。それ自体は好きでやっていることだし、全然良いのだけれど、いつからか肩こりがひどくなり、常に体が固まったような感覚を身につけてしまった。

肩こりといういうのは厄介だ。正確に言うと、肩こりに悩まされるような生活をしていることが厄介。毎日PCと向かい合うことから逃げることは、ほぼほぼできなくなるし、どこかに行くぐらいなら、何か作業をしようと家にいることになる。さっきも言ったようにこの生活が嫌というわけじゃない。むしろ楽しい。ただ楽しいのだけれど、どこか体だけでなく心も固くなっているような感じがした。毎日生まれてくるタスクやらTodoやらに追われ、常に何かを抱えているようになってしまった。そしてその荷物をおろす方法も、どうやら僕は忘れかけていた。

疲れが溜まると僕は銭湯に行った。友人とも行ったし、一人でも行った。お酒を飲んで、ご飯を食べて、お風呂に入って、岩盤浴して、漫画を読んで。最高の1日、なのだけれど、なぜか心の固まりが解けることはなかった。そしてまた朝を迎え、新しい荷物たちと向き合った。僕の心は、もしかして元々こんな固さだったんじゃないのか?と次第に思うようになった。

今日も今日とて変わりはしない。せっかくの旅行だというのに、僕はPCをバッグに入れてきてしまった。空いた時間に、あれとあれができそうというぼんやりとした希望だけで、僕はまた荷物を増やしにかかってしまった。ただ正直もう慣れている、僕の心の固さはそういうもんだと思いながら、新幹線に乗り込むとおもむろにPCを開いた。

出発してから少し経つといつものあれがやってきた。ワゴン。僕は新幹線のワゴンが好きで、よくサンドイッチとかアイスを買っていた。今日は久々の旅行。ここを逃す理由はどこにもない。アイスとコーヒーを買った。税込み570円。新幹線のアイスは固いことで有名なので、溶かすためにフタの上にコーヒーを置く。ただ、溶けるのを待つだけなのもなんなので、PCを見ながら、先にコーヒーをちょっと飲むことにした。

美味しい。

久しぶりの感覚だった。これまでも一人でだったり友人とだったりはしたけれど、美味しいご飯は食べてきていた。でもこのコーヒーはそれ以上に美味しかった。豆がどうとか、苦味がどうとか、そんなことを言いたいんじゃない。ただ、コーヒーを飲んだ瞬間の僕の顔は、間違いなくここ半年間で一番ほころんでいた。「おいしい」と呟きながら、笑顔になった僕は、そのままコーヒーを飲みつつ、この文章を書いている。アイスクリームはまだ溶けていないので、この文章が書けたご褒美に食べよう。楽しみ、楽しみ。

幸せがなんなのか。僕にはまだわからない部分も多い。でも多分、それは思ったよりも近くにあったりもする。どこか遠くの国じゃなくても、PCから伸ばした右手で掴めるとこにもあったりするんだと思う。そんなことを思いながらふと気づくと、僕の心が、置いたままのアイスのように、少しだけ溶けていくのを感じた。