生きるのが下手くそなエッセイ

人生に悩みまくりの僕カシコが、エッセイやコラムを気が向いたときに書いていきます

ピスタチオ 3分小説 #1

夜風が気持ちいい。
ベランダに出てみると、夜の空は思ったより明るかった。
今日は月が大きいからだろうか。
こんなときは、酒でも飲んでみたくなる。
「飲んでる画がかっこいいもんなぁ。」
そんな誰にも向けていない言い訳を自分に言い聞かせながら、
私は、お酒とおつまみを取りに部屋に戻った。
なかなか減らない瓶のお酒を適当に見繕い、
袋詰めになったおつまみを持って、外のベランダの椅子に腰掛けた。
周りの家は寝静まっており、聞こえる音は虫の声と風の音だけだ。
トットトットッ...
静かにグラスにお酒を注ぎ込む。
液体が注がれたグラスをじっと見つめたら、
空に向かって少しだけ掲げる。
自分だけの時間を楽しめることへの乾杯だ。
一口飲むと、じんわりと下の上に渋みが広がる。
おもむろに何かを口に入れたくなり、
持ってきたミックスナッツの袋を開ける。
指を袋の中に突っ込み、
いいかげんに取り出し口に入れる。

ガリ

口の中で鈍い音がする。
それと同時に歯が軋む感覚がした。
「しまった、ピスタチオかぁ。」
殻のついたピスタチオを、剝くことなく頬張ってしまったのだ。
殻が飲み込めるわけでもないので、吐き出しに行かねばならない。
全く、なんという失態だろう。
せっかくのいい時間が邪魔されてしまった。
そんなことを思いながら、口の中をモゴモゴと動かしていると、ふと昔のことを思い出した。


ガリっ!

「え!?なにこれ!」
僕はそう叫んでいた。
どうやら口の中でとてつもなく固いものが暴れているらしい。
しかもその固さは尋常ではなく、全く噛みつぶせる気がしない。
一人悶絶しながら顔を真っ赤にしていると、
「それ剥いて食べるんじゃないの?」
と目の前にいる女性が僕に教えてくれた。
僕は急いでスマホを取り出し、
「ナッツ 殻 剥く」
と検索する。
ずらっと並んだ検索結果には、どれも同じ文字が並んでいた。
ピスタチオ、それが今僕の口の中にあるものの正体だった。
「マジかぁー、知らなかった...」
どうしようもないので、渋々手元のティッシュに殻を吐き出した。
「これマジで固いから気をつけてね。」
そう彼女に伝えると、彼女は器用に殻を剥いて、
ピスタチオを得意げに口に入れた。
「うん、これが正解だね。」
僕を小馬鹿にしたような、でもちょっと嬉しそうにしながら、彼女はそう言った。
「ピスタチオって、アイスとかでは食べるけど、ナッツで食べたことなかったかも。」
僕はすかさず話題をそらす。
「あーわかる。抹茶だと思って食べたらピスタチオだったことあった。」
という、ちょっとしたトラブルの話を深刻そうに彼女は伝えてくれた。
「でもさ、」
と彼女は続ける。
「今ここで私と失敗しといてよかったんじゃない?
大人の人相手とかだったら、すごい恥ずかしいし。」
これはぐうの音も出ない正論だ。
こんな顔から火が出るほど恥ずかしい出来事を、
こうもあっさりと良いことのように提案してくる彼女に、僕は感心してしまった。
「そうかもね。いやぁここきてよかったぁ。将来ピスタチオ食べるとき、絶対今のくだり思い出すもん。」


残念ながら思い出さなかったようだ。
まさか食べた後に思い出すとは、皮肉とはこのことかと痛感する。
めんどくさいながらも、口の中の殻をそのままにはしておけないので、
ベランダから台所へ向かった。
殻を吐き捨て、口の中を水でゆすぐと、さっぱりとした感覚が広がる。
ベランダに戻ろうとすると、ふと写真が目に入った。
「やっぱり言ってくれなきゃ、殻ごと食べちゃうみたいだ。」
そこにはかつて、私が愛した女性が、小馬鹿にしたような、でも少し嬉しそうな笑顔と共に写っていた。