生きるのが下手くそなエッセイ

人生に悩みまくりの僕カシコが、エッセイやコラムを気が向いたときに書いていきます

鉄は熱いうちに打て、想いは熱いうちに書け

文章には様々な要素がある。
単語、文法、比喩などの表現方法、行間、文量など。
もっとあるだろうけど、僕はそれらよりももっと大事なものがあると思う。

それは熱量だ。

突然だけど、あなたは記事を書きたくなったときにどうするだろうか。
もちろん書く余裕があれば書くだろうけど、今すぐは書けない状況にあるとしよう。
ネタ帳に書いておく?構成だけ立てておく?
僕の場合は、何もしない。

頭の中に浮かんだアイデアを極力そのままにしておく。
そのアイデア自体も深めることもしないし、精査することもしない。
ただそのままにしておく。真空パックに入れるように。

そして、書ける状況になった瞬間に、一気にアイデアを動かす!
目の前の真っ白な空白に、想うがままアイデアを連ねていく。
文法が正しいか、表記の揺れがないかなんて気にしない。
今出せる最高速度をキーボードに叩きつける。

そして書き終わると、途端にしぼむ。
頭も心も。
そこから少しばかり見直しをして、公開する。
これが僕の執筆の方法だ。

なぜこんなことをするかというと、僕は熱量の強さを知っているからだ。
ただ表現したい、吐き出したいという一瞬の強さは、時として人の心に強く刺さるからだ。

文字というのは、時間を無視する
今日書いた文章が、明日読まれるかもしれないし、半年後に読まれるかもしれない。
もしかすると数年後という可能性もある。

だけれど、文字はその瞬間を伝えることができる
その文章が生まれた瞬間の書き手の想いが文章に載る。
それは読み手にも伝わる。
その想いの「瞬間」が文章から伝わってくる。

だから僕はその「瞬間」を逃さないようにしている。
頭の中で生まれた瞬間、書きたいと思った瞬間が、最も熱量が高い想いがあるからだ。
だからあえてそこから、どこかにセーブするようなことはしない。
メモもとらないし、構成も考えない。
ただただその熱さだけを保存しておく。

オードリーの若林さんも似たようなことをラジオで言っていた。
フリートークは熱量を載せられた方がいい。
Youtuberの瀬戸弘司さんも言っていた。
動画を作るのに時間をかけるとその対象に飽きてしまう。

トークや動画、そして文章。
形は違えど、それは人の生きた日々が集められたものだ。
だからこそ、そこに大きな差はないのかもしれない。

想いが熱ければ、誤字があろうが、文法が間違っていようが関係ない。
それらを超えてまでも、読み手に通じるものがあるのだと思う。
それらを凌駕する、何かがあるのだと思う。
だから僕は今日も、本番一発勝負で、執筆を行っているのだ。