生きるのが下手くそなエッセイ

人生に悩みまくりの僕カシコが、エッセイやコラムを気が向いたときに書いていきます

松本城の堀に落ちた少年は笑っていた

ドボン!!
大きな音がした。

その日の気温は12月のような気温だった。旅行の前日から鼻水が止まらなかった僕は、大量に買い集めた鼻セレブを持ちながら、松本城に着ていた。寒寒いとは言いながらも、久々に集まったメンツに、初めてくる土地。ホワホワとした高揚感が僕の体を包んでいた。

とりあえず城に行こう、城下町だし。そんな流れで、松本城へと向かった。何をするわけでもなく、ただ城に向かう。とても非日常的な感じがした。これぞ旅行、これぞ旅。日も落ち始め、夕焼けが松本城を照らしていた。久しぶりに取り出したカメラを片手に、城の見えるところまで進む。パシャリと1枚。

画像1

デアゴスティーニで組み立てたかのような城が撮れた。これは定期購読してるに違いないと、みんなで撮った写真を見ながら笑い合った。もう数枚写真を撮ろうかと、カメラを構えたときだった。

ドボン!!

城の周りの水が張ってある掘に、少年が落ちた。「落ちちゃった!!」と観光客の声が響き渡り、僕の口からも「オイオイオイオイオイ!」と言葉と音を混ぜたようなものが出ていた。体はとっさに駆け寄ろうとしていた。するとその瞬間。

ヌッ

と、少年が立ち上がった。城の堀の中で、見事な仁王立ちをしていた。まるで何も起きていないかのように、その場に立ち尽くしていた。同じく堀にいた白鳥と同じぐらい、その場に馴染んでいるようにも見えた。

その様子から察するに、怪我もなく無事なようで、すぐに家族であろう人たちが駆けつた。「何やってんの!?」と困惑しながら、堀から少年を引き揚げていた。僕を含めた周りの人も、ほっと一息をついた。でもその瞬間の僕の頭の中には、さっきの少年の姿が強烈に焼きついていた。

その少年は、ずっと笑っていた。

泣くこともなく、申し訳なさそうな顔をすることもなく、ただただニカっと笑っていた。心底楽しいことをしたんだと、心から誇るように笑っていた。思い出せば、彼が落ちる瞬間もとても綺麗だった。こけたとか、足が滑ったとかではなくて、とても綺麗に、まっすぐと入水していた。水の中に入っていったようだった。

そして彼は堂々と立ち上がり、ニカっと笑った。よくわからないけど、なんかすごいものを見た気がした。後から振り返れば笑い話だとか、いい思い出とか言うことになるのかもしれないけれど、その瞬間の彼には、彼の人生にとって、もっと大切なことがあったような気さえした。

そんな僕の思いを知る由もなく、ビショビショに濡れた彼は、すぐにその場から去っていった。そんな彼を照らす夕焼けのオレンジ色は、さっきよりもいっそう眩しく見えた気がした。僕たちはそのまま松本城を後にした。冷たい風が、首筋を舐めていった。