生きるのが下手くそなエッセイ

人生に悩みまくりの僕カシコが、エッセイやコラムを気が向いたときに書いていきます

二十歳の夜の約束

成人したら

僕の母は、お酒に強かった。高校生の僕はそれを伝聞系で聞くことが多かった。母はお酒が強いらしい。だけど、お酒を飲んでいる姿をあまり見たことがなかった。家のことや仕事のこと、子育てのことで落ち着いて飲む暇がなくなっていたようだ。だからいつも未成年の僕にこう言って約束させていた。


成人したら、一緒に飲もうぜ


高校3年生18歳。あと2年で成人を迎える年になった。あと2年でお酒が飲めるのか。あまりわかない実感を飲み込みながら、高校生活最後の夏を過ごしていた。保険の時間。運悪く、最前席にいる僕は先生からよく絡まれた。別に悪い人ではないが、ちゃきちゃきしているタイプの人で、ちょいちょい僕と小競り合いをしていたような人だった。


お前は絶対に飲めないな!


先生が満面の笑みで僕に言い放った。授業の中で行ったアルコールパッチテストの結果を見て、僕にそう言い放った。僕の腕はきれいに真っ赤に染まっていて、誰の目にもわかるほどに、アルコールを嫌う体だった。笑いながら冗談として言い放つ先生に、僕もマジスカ!とか笑いながら返した。


帰り道、ボーッと空を眺めた。


雑貨屋の店員さん


2年後、僕は成人になった。誕生日の日、なけなしのバイト代を握り締めて、大学近くの雑貨屋に行った。20歳の誕生日、それは僕が生まれて20年が経ったというのを表すと同時に、両親が20年僕を育ててくれた証でもあった。ずーっと店を何周もしていると、店員さんが声をかけてきた。

「何かお探しですか?」

「いや今日二十歳の誕生日なんで、両親に…」

「すごい!いいですね!じゃあこれとかどうですか?」

色違いでセットになった小さな漆塗りのグラスだった。このグラスを使う二人の姿がすぐに浮かんだ。でも買えない。僕は気づいたら値札に目がいってしまっていた。財布の中身を思い出しながら、言い訳を考える。


「うーん、もう少し…こうラフなやつというか…」

でも目はそのグラスに釘付けだった。そんな目線を見抜いてか、店員さんがおもむろに口を開く。


「買っていただけるなら、お安くします」

店員さんは続ける。


「そんなご両親への素晴らしいお買い物なら、ぜひこちらを買っていただきたいです」


店員さんの目が強く、強くこっちを見ていた。その視線からは、買わなきゃいけない何かを感じた。値引いてもらったからじゃない。もっと大事な何かが、僕に決断をさせた。実際、予算は若干オーバーしていたが、そんなことよりもとっても素晴らしいものを買えたし、もらえた気がした。ちょっとしたメッセージカードを添えてもらい、小さな紙袋に入れてもらう。

「本当にありがとうございました」

それだけはちゃんと伝えて、僕は店を出た。


二十歳の夜


夜。家では僕の成人祝いということで、いろんなおつまみや料理やらが並び、家族みんなでつついていた。タイミングを見計らい、スッと隠していた紙袋を差し出す。何を言ったかはあんまり覚えていない。「一緒に飲もう」なんて恥ずかしくて言えなかった気がする。

ただ両親の嬉しそうな顔だけは今でも鮮明に覚えている。それと同時に誰が言ったわけでもなく、自然と動き始める。一杯も飲めないかもしれない。美味しくないかもしれない。そんな不安がなかったかのように、あの約束が、このグラスを通じて、家族の間に伝わっていく。

家にあった缶ビールが漆塗りのグラスに注がれる。僕も自分のグラスにちょっとだけ、ビールを注いだ。お酒に弱い父も、そのときは笑顔でお酒を注いでいた。もちろんお酒が好き(らしい)母は、豪快にグラスにビールを注いでいく。

三者三様の準備が整ったところで、20年一緒に生活してきた家族で初めてのことをした。それは僕が二十歳になったからできること。それは20年間も育ててくれた両親への感謝があるからできること。それはあの雑貨屋のグラスがあるからできること。それは母との約束を果たすこと。



せーの、乾杯っ!!